中津川の上流、塩水橋付近には車が何台も止まっていた。
この中に先行者は何人いるのだろう。
まだ明け方だというのに、すでに期待度は低く感じられる。
となりの車でも二人の釣師が準備を始めている。
「おはよう」
僕よりもずっと年配の彼から声をかけられた。
「右と左、どちらの支流に入りますか?」
「いやぁ、まだわからん」
先に仕度のできた僕が「それでは右側の塩水川に入ります」と声をかけると、
「そんなこといちいち言わなくていいんだよ、どうせ沢山(釣り人が)入ってるんだから!」
根っからの地元釣師、丹沢のルールをわきまえている。
|
瀬戸橋から二つ目の堰堤より入渓する。
天候はどんよりとした曇り空、
しかし時折さす薄日を受けてススキの穂がキラキラと輝いて綺麗だ。
川は細い流れがカーブして深い淵をつくり、その手前には浅瀬が広がっている。
水深のない水溜りのような流れを踏みしめながら淵に近づく。
静かに一歩ずつ・・・。
|
突然、バシャバシャバシャ!
目の前の浅瀬に何かが走った。
リスか?
いや、イワナだ!
水深3センチほどの瀬に、大イワナがデンと構えて何かを待っていたのだ。
ヤツは僕に気づいて逃げ出し、対岸にある崖の窪みへ入ってしまった。
チョロチョロ流れる水量の乏しいポイント、もしかしたら手づかみで獲れたかも知れない。
岩の窪みへキャスト、でもダメ。
浅すぎて、リップがつまづき飛び出してしまうのだ。
再度、キャスト。
また飛び出す。
もう半分あきらめていた。
次に投げたミノーはスッポリと窪みにはまる。
大げさなトゥイッチはせず、ほんの数センチだけロッドを揺らしつつリトリーブ。
やがてリールのハンドルが一回転もしないうちにググッ!
バサバサバサ!
真っ白な飛沫を弾き、浅い水面を転がりながら暴れまくる魚。
わずかな川幅を越えて足下に引きずられ、なおも抵抗を続ける"ヤツ"は体長37センチ、
久しぶりの大イワナだった。
|
次の堰堤を越え、しばらく釣り上っていると後ろから声をかけられた。
「どうだい?」
朝、出会った釣師の一人だ。
「下で大きいのが釣れましたよ」、僕はニカッと笑って答えた。
「ほう、そうかい」
彼が不思議そうな表情を見せたので「釣れていないのだな」と思った。
「いくつかポイントを飛ばしながら進みますから」、そう声をかけてさらに先行する。
ところがその先の堰堤プールで良型が釣れ、さらにしつこくキャストを続けるとヤマメが来た。
この場所が楽しくなり長時間粘ってしまった。
後ろを見る。
彼はずっと待ってくれている。
今朝出会ったときには、「丹沢にルールなどない」ようなことを言っていたのに、本当は律儀な人だ。
|
十分満足のいった僕は、ここから上流を彼に譲ることにした。
すれ違いざまに、「何尾釣れた?」と聞かれた。
うれしそうに3尾だと答える。
「俺は20は釣ったぜ」
さっき、うかない顔をしてたのに・・・。
「昨日、○○川で放流があったの知ってるかい?」
「いえ、知りません」
聞けば彼は地元の釣り師で、漁協の放流を手伝うこともあるという。
「だけど、もう今年からは断っちまったんだ」、それを年齢のせいとは言わない。
「あんたもさぁ、もちぃーと釣れれば良かったのによぉ」、と僕の釣果を気遣って言う。
「いいえ、3尾でも十分うれしいんですよ」と答えると、
「そっかよぉ」彼は真っ黒な顔をしわくちゃにして笑った。
|
|